私の大恩人の岡村俊典さんが亡くなりました。
私が20年以上、因島水軍まつり 火まつりの
進行奉行をさせていただいたのも、
岡村さんとのご縁がきっかけです。
岡村さんが亡くなった翌日の中国新聞です。
私と岡村さんとのご縁は、25年くらい前。
「どっこい神田の日めくりテレビ」のレポータをしていた時、
市町村同士の対決コーナーがあり、
私が因島市の応援団長で他の地区との対決でした。
(どこの地域か忘れました)
たまたま応援団になったこと、
そのあと、因島を舞台にしたミュージカル「ちから娘」で共演し
水軍まつりの司会をすることになりました。
1991年に始まったお祭り、
このくらいの規模でした。 1991年8月30日
ずーっと一緒に司会をしていた嶋田さん
打ち上げはいつも岡村さんと高橋はにゃはにゃさんと一緒でした。
ちなみに今はこんな感じです。
お祭りの締めは、村上水軍陣太鼓の演奏。
今年も甲冑を着て、こっそり参加しておりました。
7,8年前でしょうか?
本番はいつも赤の一色さんと一緒でした。
台本には、岡村さんの字で私の名前が書いてあります。
台本のそばにビール。
打ち合わせもこんな感じ。
しかし、本番は・・・・
かっこいいんですね〜
岡村さんの字がとっても特徴があるんです。
13年前、私の結婚式でも、水軍太鼓の皆さんに演奏して、
勝鬨をあげていただきました。
とってもとっても嬉しかったです。
出棺は水軍太鼓の演奏でお送りされました。
泣きながら録画していました。
岡村さんはお会いすると必ず、
「中本 ありがとの〜」と言ってくださいます。
「岡村さん、本当にありがとうございました。」
寂しいですが、ご冥福をお祈ります。